~ナイト・オン・ザ・プラネット~ 東京ラスク社員が紹介する おやつの時間におススメな映画 Vol.36

~ナイト・オン・ザ・プラネット~ 東京ラスク社員が紹介する おやつの時間におススメな映画 Vol.36

皆さん、こんにちは!
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東京ラスク社員であり大の映画好きな私 Haruが、「おやつのお供に観たい映画」をご紹介していくこのブログ。

映画について語りつつ、ラスクに合う楽しみ方もちょっと添えて。
ぜひ、ラスクとお気に入り映画で心ほどける時間をお過ごしください。



第36回では、ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキの5つの都市で同時刻に走るタクシーで起きる物語をオムニバスで描いた作品を紹介します。

日本でもファンの多いジム・ジャームッシュ監督の代表作で、ウィノナ・ライダーやジーナ・ローランズ、ロベルト・ベニーニら豪華キャストの演技も魅力的な映画です。


○ナイト・オン・ザ・プラネット(1991年製作)



スタッフ・キャスト

監督:ジム・ジャームッシュ


コーキー役:ウィノナ・ライダー
ヴィクトリア役:ジーナ・ローランズ
ヘルムート役:アーミン・ミューラー・スタール
ジーノ役:ロベルト・ベニーニ

~あらすじ~
大物エージェントを乗せる若い運転手、英語の通じない運転手、盲目の女性客と口論する運転手、神父相手に話し出したら止まらない運転手、酔っ払い客に翻弄される運転手。地球という同じ星の、同じ夜空の下で繰り広げられる、それぞれ異なるストーリーを描く。

引用:映画.com(https://eiga.com/movie/21949/)



◆見どころポイント◆


①五つの都市が一本のリズムでつながる“夜の交響曲”

 五つの物語は、ロサンゼルスからニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキへと、地球の自転に合わせて“同じ夜”をリレーする設計になっております。

 各エピソードは独立して愉しめますが、時刻表示の導入や移動のショットが巧みに呼応し、一本の映画として脈打つ統一感を生みます。
 タクシーという小さな密室は、街を映す“動く観測箱”。フロントガラスに反射するネオンや信号、流れる標識や看板が、その土地の表情と空気を刻み込みます。

 ロサンゼルスのさりげない自由さ、ニューヨークのせわしなさ、パリの湿った知性、ローマの饒舌と俗気、ヘルシンキの凍てつく詩情ーどれもが“夜”というフィルターで等価化され、違いが際立つほどに人間の普遍性が浮かび上がる構造になっています。

 音楽はトム・ウェイツのブルースが全篇をゆるく横断し、ギターのフレーズが次の街へと観客を運びます。
 切替のたびに気分が断絶するのではなく、むしろ心地よい“夜の周回”に乗っている感覚が続く。オムニバスの短所を長所に転じる、設計の妙を堪能することができます。


②俳優の顔と言葉が生む化学反応ー会話劇の快楽

 本作の駆動力は、俳優たちが運ぶ言葉の温度と間合いです。

 ロサンゼルスでは、ウィノナ・ライダー演じる若い女性ドライバーと、ジーナ・ローランズ扮するハリウッドの重役が出会い、仕事と夢、欲望と矜持の距離を軽やかに測り合います。

 ニューヨークでは、アーミン・ミューラー・スタールの異国訛りと、ジャンカルロ・エスポジートの畳み掛ける早口が衝突しながら噛み合い、言語と都市の学習劇が可笑しみと温かさを生みます。

 パリ編はイザック・ド・バンコレの静かな観察眼と、盲目の女性(ベアトリス・ダル)の誇り高い声が交わり、“見る/見られる”をめぐる関係を上質な会話の運動へと昇華。

 ローマではロベルト・ベニーニの暴走気味の独白が神父を巻き込み、無礼と慈愛の紙一重を笑いで切り抜けます。

 ヘルシンキ編では、マッティ・ペロンパーの無口と労働者の酒気が、抑制されたユーモアと連帯感に変わる。

 物語の起伏はミニマルですが、誰かの人生の一部に“同乗”したときにだけ見える誠実さや弱さが、顔の筋肉や沈黙の間に宿ります。
 会話が進むほど人物が透けて見え、別れ際に不思議な余韻を残すーこの映画ならではの愉悦です。


③夜の光と音が織り上げる“走る映画空間”の美学

 “夜を撮る”ことは、光と影の設計を撮ることでもあります。ヘッドライトが路面を切り取り、メーターの微かな赤が顔に滲む。フロントガラスの反射が二重露光のように都市の層を重ね、サイドミラーに流れる街灯が時間の糸を撚る。

 フレデリック・エルムズらの撮影は、視界の“狭さ”を逆手に取り、視界外の広がりを音で補完します。信号音、遠くのサイレン、タイヤが路面を噛む音、そしてトム・ウェイツの掠れたギターが、映像の外に巨大な都市の体温を予感させるのです。

 編集(ジェイ・ラビノウィッツ)の呼吸も絶妙で、停車・発進・右左折という運動の単位が、カットのリズムと一致し、観客の身体感覚を自然に同調させます。

 結果、台詞が少ない瞬間でさえ“走っていること”が物語を進める。さらに各国語が飛び交う多言語性が、ノイズではなく音楽の和音のように響くのも本作の滋味。

 国境を越えるのではなく、最初から“跨っている”状態に映画が身を置くことで、違いが障壁ではなくグルーヴに変わるーその感覚が、見終えたあとに静かな高揚として残ります。



まとめ

 『ナイト・オン・ザ・プラネット』は、派手な事件で観客を翻弄する映画ではございません。
 タクシーという小さな箱の中で、たまたま乗り合わせた人間同士が言葉を交わし、時に噛み合い、時にすれ違い、やがてそれぞれの夜へと散っていく。その繰り返しから、都市の生の手触り、そして“いま・ここ”のかけがえのなさが立ち上がります。
 疲れた夜に、あるいは旅に出たい気分の夜に、どうぞ気楽に“同乗”してみてください。きっと次にタクシーへ乗るとき、窓の外の街が少しだけ優しく見えるはずです。

 それでは、映画とともに 素敵なラスク時間を

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