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東京ラスク社員であり大の映画好きな私 Haruが、「おやつのお供に観たい映画」をご紹介していくこのブログ。
映画について語りつつ、ラスクに合う楽しみ方もちょっと添えて。
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第35回では、出世のために“部屋”を貸す平凡社員が、恋と良心の板挟みに揺れつつ、孤独な都会で小さな誠実を選び取る大人のロマンティック・コメディを紹介します。
第33回アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞など5部門を受賞しました。
○アパートの鍵貸します(1960年製作)
スタッフ・キャスト
監督:ビリー・ワイルダー
バド役:ジャック・レモン
フラン役:シャーリー・マクレーン
~あらすじ~
出世と上司へのゴマスリのため、自分のアパートを愛人との密会場所として重役に提供するバクスター。お調子者の彼は出世街道に乗り意気揚々とするが、思いを寄せていたエレベーターガールまでもがアパートを出入りするひとりと知り、愕然とする。
引用:映画.com(https://eiga.com/movie/3609/)
◆見どころポイント◆
①ロマンティック・コメディと社会風刺の完璧な融合
本作の魅力は、笑いとほろ苦さの配合が絶妙なハイブリッド設計にあります。
物語の起点は、平凡なサラリーマンが出世のために自分のアパートを上司たちへ“貸す”という、一見コミカルな設定。しかし、その軽やかな前提の裏に、企業社会の理不尽や上下関係の圧力、利害と良心のせめぎ合いが、じわりと陰影を与えます。
テンポの良い会話や状況の勘違いが引き起こす笑いの瞬間のすぐ後に、孤独や自己嫌悪が顔をのぞかせ、「笑っているのに胸が痛い」という稀有な感覚を呼び起こします。さらに、年末のニューヨークを背景にした季節感が、浮かれムードと取り残される寂しさのコントラストを強め、物語の甘さと苦さを両立。鍵の受け渡し、電話のやりとり、スケジュール帳の空欄と埋まる予定ー小道具の使い方一つにも、権力の流通や倫理の価値が巧みに織り込まれます。
可笑しさの余熱で、胸の奥の痛点をやさしく撫でる。この映画独自の余韻は、ロマンティック・コメディの快楽を守りながら、現実の重力を決して忘れさせません。
②人物造形と名演が紡ぐ“弱さの品格”
主人公バクスターは、気が弱く要領も良くはないのに、どこか憎めない「人の良さ」の塊。小さな見栄や独り相撲の虚勢を張りながら、誰かのためにドアを開け、夜更けに一人で片付けをする。その所作の積み重ねが、言葉以上に彼の人間性を語ります。
対するフランは、明るさの陰で自尊心の痛みを抱え、笑顔の奥に揺らぎを隠す女性。
ふたりが交わす視線や沈黙、エレベーター内の短い会話の呼吸ー台詞未満のコミュニケーションが、恋の芽生えと心の傷を繊細に伝えます。
冷淡でスマートに見える管理職の男も、権力と空虚が同居する等身大の弱さを露呈。誰もが“完全ではない”世界で、弱さを抱えたまま誰かに近づく勇気が、ある瞬間ふっと形を持ちます。
俳優たちの温度差の妙、抑制の効いたユーモア、間の取り方が、単なる恋の行方以上の“人としての選択の尊さ”を照らし出し、観る者の心の古傷にやわらかなガーゼを当てるように効いてきます。
③ビリー・ワイルダーの精密な演出と都会の詩情
ビリー・ワイルダーの演出は、物語を押し流すのではなく、空間とディテールで語ることに長けています。果てしなく続くデスクの列、冷たい蛍光灯、ドアの開閉音ーオフィス風景は、野心と孤独が共存する“現代の迷宮”として機能。対照的にアパートは生活感の温もりに満ち、鍋やコースター、古いレコードなどの小物が、人間くささを漂わせます。
モノクロ映像の陰影は、夜の街の心細さと室内の安堵をくっきり分け、季節の飾りや窓越しの灯りが、画面にささやかな救いを差し込みます。
軽やかな音楽のフレーズは、滑稽さの中に宿る哀感をすくい上げ、シーンの感情温度を精緻に調整。
さらに、繰り返される動きや視線のレイアウトが、物語の“進路変更”を示唆する設計になっており、観客は知らず知らずのうちに、人物たちの内的変化に寄り添うことになります。
派手な仕掛けに頼らず、構図・リズム・小道具を緻密に編むことで、都会の孤独がやがて人の体温に溶けていく瞬間を、映画ならではの喜びとして結晶化させています。
まとめ
『アパートの鍵貸します』は、笑いの心地よさと人生の痛点を同時に抱きしめる稀有な一本です。
出世、恋、倫理ー誰もが避けて通れない現実の分岐点で、人は何を選べるのか。
大げさなドラマではなく、鍵の受け渡しや夜の静けさの中に、ささやかな勇気と誠実が確かな質量で立ち上がる。
見終えてからも、あの部屋の灯りが自分の心のどこかで点り続けるーそんな余韻を残す映画です。
それでは、映画とともに 素敵なラスク時間を