~わたしは最悪。~ 東京ラスク社員が紹介する おやつの時間におススメな映画 Vol.27

~わたしは最悪。~ 東京ラスク社員が紹介する おやつの時間におススメな映画 Vol.27

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東京ラスク社員であり大の映画好きな私 Haruが、「おやつのお供に観たい映画」をご紹介していくこのブログ。

映画について語りつつ、ラスクに合う楽しみ方もちょっと添えて。
ぜひ、ラスクとお気に入り映画で心ほどける時間をお過ごしください。



第27回では、現代を生きる若い女性の葛藤と成長を鮮やかに描いたノルウェー映画を紹介します。
恋愛や仕事に悩みながらも自分らしい「選択」を模索する主人公の心の軌跡に、多くの共感と驚きが詰まっています。

主演のレナーテ・レインスヴェはこの作品で第74回カンヌ国際映画祭で女優賞を受賞しています。


○わたしは最悪。(2021年製作)



スタッフ・キャスト

監督:ヨアキム・トリアー


ユリヤ役:レナーテ・レインスヴェ
アクセル役:アンデルシュ・ダニエルセン・リー
アイヴィン役:ハーバート・ノードラム

~あらすじ~
ユリヤは30歳という節目を迎えるも、人生の方向がうまく定まらずにいた。年上の恋人であるアクセルはグラフィックノベル作家として成功し、妻や⺟といったポジションをユリヤに勧め、身を固めたがっている。そんなある夜、招待されていないパーティに紛れ込んだユリヤは若くて魅力的な青年、アイヴァンに出会う。やがてアクセルと別れた彼女は新しい恋に身を投じ、そこに人生の新たな展望を見いだそうとする。

引用:MOVIE WALKER PRESS(https://press.moviewalker.jp/mv76708/)



◆見どころポイント◆


①脚本の妙:理想と現実の間で揺れる「普遍的な人生」

 本作の脚本には、現代を生きる私たちが直面する「理想」と「現実」のギャップが痛々しいほどリアルに刻まれています。

 主人公ユリヤは、恋愛や職業において憧れやロマンティックな理想像を抱きつつも、歩み出すたびに厳しい現実にぶつかります。彼女は医学、心理学、写真と進路を変え、年上で成功者の恋人アクセルから若い恋人アイヴィンへと、人生と恋愛に試行錯誤するものの、「どれも本当の自分じゃない気がする」と自問を続けます。

 「今の自分を見失い、未来の自分を探す」という普遍的な不安は、観客にも強く共鳴します。しかも、逃避でも絶望でもなく、「傷ついても自分に正直に」選択を続けていくユリヤの姿には、困難に直面する現代の若者や中年層が直面する“折り合い”の知恵が詰まっています。

 物語は小説のような章立てで構成され、人生のステップやターニングポイントを丁寧に映し出します。
 各章ごとにユリヤの心境や環境が変化し、観客は彼女の内面の成長過程ー「失う痛み」「選び取る勇気」「過去・現在・未来との折り合い」ーを、より身近で親密に体感できる構造になっています。

 また、脚本はSNS時代や#MeToo運動という背景も巧みに織り込み、女性が現代社会で直面する多層的な葛藤や社会的役割も射程に収めています。
 これにより、単なるロマコメではなく、現代女性の生き方という社会的問いを持つ作品に仕上がっています。


② ロマンティック・コメディとしての新しさと映像&音楽の魅力

 『わたしは最悪。』は、人生の痛みを真正面から見つめる一方で、現実をユーモアやロマンス、遊び心を持って描くロマンティック・コメディとしての手触りも大きな魅力です。

 ふとした会話から浮かび上がる人間くさい弱さ、決して完璧ではない登場人物たちのやりとりは、温もりと苦みが共存します。

 そして、本作の語り口には充分な洗練と躍動感があります。キャッチーな音楽選曲が豊かな感情を彩り、映像面では大胆なカットや幻想的な場面転換が多用されています。

 例えばユリヤの一瞬の衝動や高揚が、現実を止めて映画的イメージとして炸裂したり、時に現実と夢想の境界が曖昧になったりするなど、映画ならではの表現で彼女の感情が表現されています。

 同時に、喜劇的なテンポの良さやシャープな会話が全体に散りばめられており、重苦しさに陥らず、人生の哀しさやもどかしさを時にユーモラスに昇華します。この「痛みも、笑いも、人生の一部」というバランス感覚が、物語を唯一無二のものにしています。

 さらに小説的な章立ては、まるで一冊の本を読んでいるような味わいで、ひとつひとつの出来事が「人生の節目」として鮮明に印象づけられます。どこか懐かしさと驚きが同居する映像美が、ユリヤの体験に現実味と詩情を加えています。


③レナーテ・レインスヴェの圧倒的演技力

 主演のレナーテ・レインスヴェは、複雑な年代に生きる「一人の女性ユリヤ」を卓越した表現力で体現しています。

 彼女の魅力は、その無邪気さと賢さ、傷つきやすさとしたたかさ、混ざり合う感情の揺らぎを一瞬で演じ分けられることです。
 
恋愛にときめきながらも自己否定を漏らす瞬間、誰にも言えない孤独を笑い飛ばすとき、衝動的に人生を変えようとする勇気と怖さを同時に抱える心の波……。こうした心情の濃淡や微妙なニュアンスを、台詞だけでなく細やかな表情や仕草で鮮やかに伝えます。

 たとえば恋人たちと向き合う場面で見せる微笑みの裏の戸惑いや、人生の選択肢が広がっているのに一歩踏み出せない不安、誰かの励ましに時折見せる素直な涙、あるいは現実を自分なりに肯定した笑顔まで、すべてに人生の機微が刻まれています。

 「無垢」と「知性」「脆さ」と「大胆さ」が同居する演技は、時代や国を越えて共感と感動を呼び起こします。

 レナーテ・レインスヴェは「自分も最悪だと思うことがある」すべての現代人へ、「それでも前向きに選択し続ける」姿勢を体現しています。この等身大で魅力ある主人公像なくして、この映画のリアリティと説得力は生まれ得ません。



まとめ

 『わたしは最悪。』は、理想と現実のギャップや自己探求に悩む主人公ユリヤの姿を通じて、誰もが抱える人生のもどかしさや成長の過程を丁寧に描き出しています。
 痛みや失敗も肯定しながら、自分に正直に生きることの大切さと前向きなエネルギーを観る者に伝える、現代的で普遍的な共感に満ちた人間ドラマです。

 それでは、映画とともに 素敵なラスク時間を

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